世界祖語はアフリカにあった?

やはり人間の起源はアフリカ? 世界のすべての言語は石器時代のアフリカ言語から生まれた

僕は、現行人類の起源はアフリカだと理解しているし、たぶんそこに世界のほぼすべての言語の共通祖語のようなものがあったのかもしれない、と思っている。

たしか、ピンガーが聴覚障害者のコミュニティで教えられたことのない手話が独自に発達することを報告していた。そういった手話が生き残っていれば、それは「共通祖語」から独立した言語だいうことになるかもしれない。

しかし、そういことは共通言語を持たない孤立したコミュニティで起こることであって、すでに共通言語を持っているコミュニティではそういうことは起きないだろう。また、共通のものはなくコミュニティの小集団ごとに異なる言語を持っていたとしても、それぞれの小集団が言語を持っているのなら、たぶん生まれるのはせいぜいクレオールであって、それらの「異なる言語」が共通の祖先を持っているならば、そのクレオールもその共通祖先の子孫だと考えて良いだろう。

音声言語の系統には数種から数十種あってそれらの発生は独立している、ということもありえる話ではあるが、アフリカに世界のほぼすべての言語の共通祖語のようなものがあった、というのはそれなりにもっともらしい。


しかし、先にリンクを示した記事には疑問がある。引用しよう:

これを発表したのはオークランド大学のクエンティン・アトキンソン博士で、彼は世界の504の言語を分析し、世界の言語はアフリカから離れれば離れるほど、音素(言語を構成する最小単位の音)の数が減っていくということを発見。

出来すぎた話だという気がするが、これは事実なんだとしよう。しかし、そこから次の結論が導けるとは思えない:

このようにアフリカ、特にサハラ以南のアフリカから離れていくと、各言語の音素の数が減っていくのが分かる。アトキンソン博士によると、これは私たち人類の祖先が、約7万年前にアフリカから世界各地へ移住していくにつれて、その音素を失っていったことを意味しているらしい。

共通祖語には非常に多くの音素があり、その娘言語になるにつれて音素が減っている、という結論だ。

しかし、かつて共通祖語がアフリカにあったとしても、現在のアフリカの土着(?)の言語も英語や日本語とほぼ同じだけの「世代」を経た共通祖語の娘言語なのだ。ほぼアフリカにとどまり続けた人々の言語だけ共通祖語からの変化を免れ、中東、ヨーロッパ、アジア、太平洋諸島、アメリカ大陸に到達した人々の言語がそのアフリカからの距離に応じて変化を蒙っている、と考える理由はないだろう(それとも、なにかそういったことを裏付ける言語学上の事実があるのか?)。


これは、生物の進化における「生きた化石」について誤解(だと僕は思っている)と平行した誤解だと思う。カブトガニシーラカンスは、進化の過程での古い形態、祖先の形態をよく保存しており、それゆえに「生きた化石」と呼ばれる。それはそれで理由がないことではないが、カブトガニシーラカンスがその祖先から変化を止めていたということではない。

ただ、人間が関心を持ちかつ化石から分かるような祖先の「形態」を保存しているということであって、それ以外の部分、例えば病気への耐性、エネルギー効率、繁殖行動などにおいては、進化を続けていたと考えないのは奇妙な話だ。

むしろ、「単純」あるいは「下等な」生物ほど繁殖までの期間が短く、多産な傾向がああること、すでに成功したいくつかの種(自らもそれの一つに属する)と同じ形態で同じ環境に棲み続けた系統のほうが、競合相手が多いだろうことなどから、むしろそういった系統のほうがより過酷な生存競争を勝ち抜いてきた、と考えるべきだろう*1


アフリカの言語についても同様ではないか。すでに述べたように、少なくとも、アフリカの土着の言語もまた、英語や日本語と同様に、人類の共通祖語から長い長い発展の歴史における現在の到達点であると考えるべきだ。そして、もしかしたら、より高い選択圧のもと、もっとも発展した言語なのかもしれない。

そうすると、アフリカに近づくにつれ土着の言語の音素が多く、アフリカから遠ざかるにつれて土着の言語の音素が少ないならば、むしろ、共通祖語の音素は少なく、アフリカから遠ざかるにつれてその特徴をよく残しており、アフリカに残った人々には音素を増やす余裕がより多くあったと考えるのも、逆の推理と同程度にはもっともらしいのではなかろうか*2

*1:僕たち「高等生物」は、チャンピョンの子孫なのではなくて、チャレンジャーの子孫なのだ。

*2:少なくとも、数だけに注目するならば。もっとも、アフリカの言語にa、b、c、d、eの音素があり、ある言語にはa、bのみ、別の言語にはc、d、eの音素があるならば、やはりアフリカの人々はよく祖先の言語を保存しており、後二者では音素が減ったのだと考えたくもなる。しかし、大母音推移のような現象があることを考えると、現時点でそういった言語間の相互関係が確認できること自体なさそうだし、仮にできたとしても偶然の要素のほうが大きいように思える