DV殺人に無期懲役判決

徳島地裁からDV防止法に基づく保護命令を受け,妻と三人の子どもへの接近を禁止されていた夫(被告人)が,命令に違反して妻に接触し,殺害したとして殺人,DV防止法*1違反の罪に問われた事件で,被告人に無期懲役の判決が下された。

この判決自体について異論はないのだけれど,徳島新聞の解説や掲載されているコメントについて,疑問に思っている。

「当然の判決。被告人からは強い女性蔑視(べっし)を感じる」というのは,NPO法人とくしま男女共同参画アドバンスの黒松正代さん。


徳島新聞 2007年6月20日朝刊 29面

判決は身の安全を確保するために法に救いを求めたDV被害者の命を奪うという,過去に事例のない凶行に対して,厳罰で対処する司法の強い態度を示し,遺族や保護命令制度の運用を推進する関連機関,民間団体の思いに最大限配慮した形となった。


徳島新聞 2007年6月20日朝刊 29面


判決自体は読んでないが,たぶん殺人罪及びDV防止法29条の罪の併合罪として,処理されているのだと思う。

併合罪の量刑については,この事件の例であれば(A)殺人罪に対する量刑とDV防止法違反の罪に対する量刑をそれぞれ行い,その後両方を足し合わせ,それがもしどちらかの罪の法定刑の上限の1.5倍を超えるようなら*2その範囲におさめる,という個別的アプローチと,(B)両方の罪を合わせて判断し,より重いほうの罪の法定刑の上限の1.5倍の範囲内で*3,一体的に量刑判断する全体的アプローチの二つが考えられる。判例は(B)全体的アプローチをとるが,学説には(A)個別的アプローチを取るべきだとする批判が多い。


で,僕の疑問は,仮に個別的アプローチを取るとするならば,被告人が女性蔑視の態度を持っていることや,「保護命令制度の運用を推進する関連機関,民間団体の思い」といったものが,殺人罪に対する量刑において考慮されても良いのか? ということが出発点になる。


被告人が女性蔑視の態度を持っていることについては,被告人の動機の身勝手さ,更正の可能性の低さということにつながるといえなくはなく,そういう議論を経由すれば殺人罪の量刑において考慮されても良いかもしれない。しかし,女性蔑視の態度は,どちらかといえば,DV防止法違反の罪の量刑において判断すべきことであるような気がする。

さらに,「保護命令制度の運用を推進する関連機関,民間団体の思い」というのは,さすがに殺人の罪質には全く関係なく,殺人罪の量刑においては考慮すべきではないのではないだろうか。

そして,もし,被告人の女性蔑視の態度や「保護命令制度の運用を推進する関連機関,民間団体の思い」をDV防止法違反の罪の量刑において考慮するならば,同法29条の法定刑である「一年以下の懲役又は百万円以下の罰金」の範囲で考慮されなくてはならない。その範囲内で考慮するならば,無期懲役という最終的な結論の根拠としては,弱いような気がする。


もちろん,判例である全体的アプローチをとれば,こういう議論は前提を欠き,いわば「殺人罪及びDV防止法違反の罪の併合罪」という一つの罪に対して,最高刑を死刑とする範囲内で,通常の殺人の量刑で判断できる事情も,DV防止法違反の罪の量刑において判断すべき事情も合わせ考慮して,量刑することができるようになる。

つまり,被告人の女性蔑視の態度や「保護命令制度の運用を推進する関連機関,民間団体の思い」を量刑に反映させることについて,「一年以下の懲役又は百万円以下の罰金」の範囲で反映させるという制約がなくなる。


僕としては,併合罪の量刑としては個別的アプローチを取るべきであると思う。

したがって,判決の無期懲役の結論自体に反対するというわけではないが,被告人の女性蔑視の態度や「保護命令制度の運用を推進する関連機関,民間団体の思い」が(とくに後者),無期懲役という重い量刑の重要な根拠となっている,根拠として正当であるかのようなコメントや解説には疑問を感じざるを得ない。


また,全体的アプローチが一応判例となっているが,下級審の裁判官は必ずしも個別的アプローチ的思考を排除しているわけではなく,実際の思考過程としては個別的アプローチをとっているのではないかと思う*4

だから,この判決の裁判官が,徳島新聞のコメントや解説から示唆されるように,(a)自覚的に全体的アプローチをとったのか,(b)判断過程としては個別的アプローチをとった上で,被告人の女性蔑視の態度や「保護命令制度の運用を推進する関連機関,民間団体の思い」を殺人罪に対する量刑判断に反映させたのか,それとも徳島新聞のコメントや解説の示唆に反して,(c)判断過程としては個別的アプローチをとった上で,被告人の女性蔑視の態度や「保護命令制度の運用を推進する関連機関,民間団体の思い」を「一年以下の懲役又は百万円以下の罰金」の範囲で考慮し,結論として無期懲役を導いたのか,という点も気になる。

*1:配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律

*2:今回は一方が殺人罪だから超えることはないのだが。

*3:「上限の1.5倍」といっても,今回は重いほうの罪がが殺人罪だから,1.5倍するまでもなく最高の法定刑である死刑まで宣告することができる。

*4:それが思考の経済に適うし,少なくとも通常はバランスのよい量刑につながるだろうから。