違法性と責任

故意が「違法性」の要素か、「責任」の要素かというのが、刑法解釈学上の根本的な問題として争われている(結果無価値論、行為無価値論)。しかし、そもそも「違法性」とは何であり、「責任」とは何であるかということにゆるぎない通説というものがないようで、そもそも定義のはっきりしないものへのカテゴライズを争っているに過ぎず、どうしようもないように思える。

とりあえず、次のことは言える:

  • 刑法典の規定の仕方は、原則として構成要件に該当すれば犯罪が成立し、'''例外的な場合として'''正当防衛や緊急避難、刑事未成年、心神喪失心神耗弱などを規定している。
  • 正当行為・正当防衛・緊急避難は違法性阻却事由であり、刑事未成年・心神喪失心神耗弱は責任阻却事由であることに争いはない。

また、これは刑法典から明らかなこととはいえないが、「違法性がない」と「違法であるが、責任はない」というのは、どちらも刑法上は犯罪不成立であるとはいえ、言葉のニュアンスに違いがあるように思う。「違法性がない」場合、とくに典型的な正当防衛の場合などは、それを意図的に行うことが禁止されているわけでも、非難されているわけでもなく、むしろ奨励されてさえいるだろう。「違法であるが、責任はない」場合、犯罪は成立しないとはいえ、それを意図的に行うことが奨励されない、抑圧されるべき逸脱行動であることに変わりはない。この'''ニュアンスの違い'''というのを、それなりに真剣に受け止めなければ、そもそも定義のはっきりしないものへのカテゴライズを争っているに過ぎず、どうしようもないというところから抜け出せないように思う。

この'''ニュアンスの違い'''を補強するために話を続けると、刑事未成年の場合や、恒常的な心神喪失の場合、刑法上犯罪不成立であっても少年法によってサンクションとなりえる「保護」の措置が与えられる場合がある(というか、そうである場合が通常ではないかと思う)。他方で、正当行為・正当防衛・緊急避難という違法性阻却事由にあたる場合は、そういうことはない。明らかでないどころではなく、不正確でさえあるが、違法性は全法体系上で違法かどうか、抑圧されるべきかどうかという視点から考え、責任は刑事処罰を行うか、保安処分のようなもので対処するかを振り分けるという視点から考えている、ととらえるのが、単純な図式化としては分かりやすいように思う。