『あさっての方向。』と『ぼくらの』

あさっての方向。』(アニメ版)を3話まで観た。全然期待していなかったのに、かなり面白い。

道端の祠に「大人になりたい」と願掛けした小学生の「五百川からだ」は体が大人に成長してしまって、その代償かのように大人の「野上椒子」は体が子どもサイズに縮んでしまって、二人で共同生活を開始する*1

(少なくとも3話までは)物語に出てくる「嘘」はこれ一つで、野上椒子と五百川からだはそれぞれその非現実な現象を受け入れられないし、周囲の人々に説明することも不可能だと思っているし、事実、周囲の人々も受け入れられない。マンガやアニメにありがちな、ある非現実現象が起こっても、それを受けた人や周囲の人々がなんとなく受け入れてしまう、という展開がない。

公式サイトでは、「ファンタジー」とされているけど、一個の大きな嘘をついたあとはそれ以上嘘をつかない、はじめの大きな嘘から現実的に帰結しそうなストーリーだけを作り上げる、という方法論は「SF」的だなと思う。そして、僕はそういう方法論が好きだ*2


ところで、僕は『ぼくらの』(漫画版)があまり好きになれない*3。『ぼくらの』は、どちらかといえば、大きな嘘一本で突き通す方法論なんだけど。

なんで『ぼくらの』があまり好きになれないのかと考えていたんだけど、たぶん、登場人物たちが自分に誠実すぎるからだと思う。非常識な人、残酷な人、冷淡な人が登場するが、それぞれの登場人はそういう自分の非常識さ・残酷さ・冷淡さを自己欺瞞的に正当化しない。きちんと、自分自身のアイデンティティーとして受け入れていていたり、ストーリー展開によって受け入れたりする。そういう自己欺瞞のなさがつまらないんだと思う。

僕は、非常識な人、残酷な人、冷淡な人、逆に常識的な人、温和な人、博愛的な人が、それぞれ自己欺瞞によってそうふるまっているのだと暴かれ、さらにそれを突きつけられても、なお自己欺瞞的にその認識を拒絶するというストーリー展開に、ぞくぞくするような面白さを感じる。

自分がある性格を持っていること、それが自己欺瞞によること、そのために葛藤があること、そういうこと一切合財を否定する、いうなれば「高階」の自己欺瞞*4が、人間の現実、少なくとも僕が興味深いと感じる人間の現実なんだろう。

『ぼくらの』にはそれがない。登場人物たちは、それぞれ残酷、冷淡、温和、博愛的だけど、そういう人物であることに、彼らなりに、彼らなりの理由がある。彼らは、そういう自分に葛藤したりするけど、その葛藤にも理由があり、ストーリーが展開するにつれ葛藤が整理され、少なくともその葛藤とともに生きていくことを受け入れる。

あるいは、『ぼくらの』において、「世界」の不条理さは人間の自己欺瞞性を暴露する方向には働くけど、それを深める方向には働かない

もっとも、別の視点から見れば、『ぼくらの』の登場人物たちが葛藤を整理していくその姿にこそ、深い深い自己欺瞞を読み取ることは可能だろうと思う。でも、そこまで読み取るのは疲れる。それに、そういう「深すぎる」読み込みを行うのならば、どんなストーリーだって自分の好きなテーマを表現しているように読み込めるはずで、作品ごとのストーリや描写の違いを無意味にしてしまう。僕たちには、ストーリーがある程度明示的に「自己欺瞞だ」と明示していないものは、自己欺瞞ではないのだ、少なくともそのストーリーはそれを自己欺瞞だとみなしていないのだ、と断定する怠惰さが許されて良いだろう。


ここで、『あさっての方向。』の話に戻るけど、野上椒子には、面白い自己欺瞞がある。

椒子は、五百川からだの兄である尋と米国で交際していて、兄妹の両親の死亡の後、妹の面倒を見るために尋が彼女を捨てて帰国した経緯から*5、五百川からだに強く嫉妬している。だから、たぶん20代後半以降ではある*6椒子は、小学生であるからだをわざと傷つけるために一番嫌がっている「子どもっぽい」という嫌味を言う。淑子とからだの共同生活が始まっても、淑子はからだに好意を持つことができないし、ときに敵意のこもった目を向ける。

でも、椒子は、自分では絶対にそれを認めようとしない。この自己欺瞞が、面白い。


もっとも、この自己欺瞞も最終的には解消されるんだろう。

最後には自己欺瞞であったことがはっきりする展開でなければ、結局、その物語がそれを自己欺瞞とみなしていたのか、正当な見解とみなしていたのか、分かりにくくなってしまう。だから、僕は、自己欺瞞が最後まで維持されて欲しいとまでは思わない。ただ、ストーリー展開を引っ張って行って欲しいとだけ、思う。

*1:この後、展開すると思うけど。

*2:そういう意味では、『ヒロイック・エイジ』は「SF」的方法論ではなくって、「ファンタジー」的方法論。

*3:同じ鬼頭莫宏の『なるたる』も、あまり好きではなかった。

*4:そして「高階」の自己欺瞞がなければ、「一階」の自己欺瞞もいずれは解消される。

*5:たぶん、アニメ版の設定では、彼は彼自身のキャリアや将来も犠牲にしている。

*6:大学院進学後、4年は経過しているから。