意識とは?

今考えていることのメモ。

  • 僕たちは他者の意識を直接知覚することができない。→脳にそのインターフェースがないことの帰結。
  • 意識は何かに集中するとき、一つのものにしか集中できない。→議論の順序が逆。意識が集中できる「範囲」ないしを「対象」を僕たちは「一つのもの」と把握しているのであって、そのことの当然の帰結
  • 自由意思。→それ自体の原因を持たない特殊な原因と観念されるところの「自由意志」は、物理領域の因果的閉包性から棄却される。「自由意思の感覚」は、たんに行為を合理的に選択するための機能を意識が担っていることから由来する。
  • 相貌失認などの事例は、意思のまえに脳内の前処理がされていることを意味するのか?→必ずしも、そう考える必要はない。意識の前処理の機能ではなく、意識を構成している機能の一部が欠けているのだと理解すればそれでよい。
  • 「他の人でないこの自分」という感覚はどこからくるのか?→他者の行為などから他者の人格を合理的に認識し、また他者に対して「自分の意見」として自分の主張をする、という社会的行為をなりたたせるための意識の機能の一部。
  • クオリアを欠く「意識」というものはありえるのか?→クオリアは意識が知覚した対象のアスペクトであって、クオリアそのものを知覚するとか、知覚しないとかいうことはない。なんらの対象を一切知覚しない意識があるのかと言われれば、それは僕たちが「意識」と呼んでいる機能群の根幹を欠くから、意識と呼ぶことは難しい。