『銀河鉄道物語〜永遠への分岐点〜』22〜23話

22話では話が急展開し、主人公たちを援護するために、仲間たちが上官の指示を無視して危険な任務のために次々と集まってくる展開になる。それまでに画面に登場したメカをはるかに超える数のメカが集まり、まさに大集結となる。熱い。燃える。ここでナレーションが流れる、「運命に身をゆだねて生きられる場所は宇宙のどこにもない。だから、人はなんどでも自分に言い聞かせる。運命は自らが切り開くものだと」。

そして、次の23話の冒頭では、「運命の嵐が吹き荒れる。それに抗うすべを、人は持たない。ただ、自らのさだめを見届けるのみで、そこにどんな悲劇が待っていようとも」というナレーションが流れる。

何を言いたいの? それ矛盾してない? 矛盾していないとするならば、実際には運命を逃れることはできないが、愚かな人間は、それを逃れようと無駄な努力をするっていうことを言いたいの?

「運命」とかカッコイイ言葉で、えらく抽象的で意味不明なナレーションが流れるのは、それが『銀河鉄道』テイスト、松本零士テイストだから良い。でも、22話ですごく燃える展開で流したナレーションを、次の話の冒頭で嘲笑してはいけないでしょ。